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最高裁判所大法廷 昭和24年(れ)1143号 判決 1955年4月27日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人権逸の上告趣意について。

憲法三五条は同法三三条の場合を除外して住居、書類及び所持品につき侵入、捜索及び押収を受けることのない権利を保障している。この法意は同法三三条による不逮捕の保障の存しない場合においては捜索押収等を受けることのない権利も亦保障されないことを明らかにしたものなのである。然るに右三三条は現行犯の場合にあっては同条所定の令状なくして逮捕されてもいわゆる不逮捕の保障には係りなきことを規定しているのであるから、同三五条の保障も亦現行犯の場合には及ばないものといわざるを得ない。それ故少くとも現行犯の場合に関する限り、法律が司法官憲によらずまた司法官憲の発した令状によらずその犯行の現場において捜索、押収等をなし得べきことを規定したからとて、立法政策上の当否の問題に過ぎないのであり、憲法三五条違反の問題を生ずる余地は存しないのである。さればこれと異る見地に立って国税犯則取締法三条一項の規定を憲法三五条に違反すると主張し、且これを前提として原判決に訴訟法違反ありとする論旨には賛同することができない。

弁護人池辺甚一郎、権逸の上告趣意第一点について。

所論の物件は、本件密造にかかる酒類、醪、麹又は、これが製造に使用した機械器具容器であること、しかも、右物件は、本件犯罪の正犯者たる朴成煥の所有に属することは、原判決の確定するところであるから、原判決が酒税法六〇条三項、六四条二項(昭和二四年法律第四三号による改正前)の規定に依って、右物件を没収したことをもって、所論のように、違法とすることはできない。

同第二点、第三点について。

原判決は、幇助犯たる被告人の本件犯罪を認定するについて、その構成要件の一部として、-被告人に対する関係において-正犯者朴成煥の犯罪事実を認定したものであって、朴成煥に対する裁判として同人の犯罪を認定したものではないのであるから、所論のように同人に対する訴追、審判を要するものではなく、又、これによって同人の裁判を受ける権利を侵したものでもない。しかして、所論没収の違法でないことは前点において説明のとおりである。論旨は理由がない。

同第四点、第六点について。

原判決摘示の事実は、その挙示の証拠によって認めることができる。所論は、原判決の証拠の取捨判断事実の認定を非難するに過ぎないから、上告適法の理由とならない。

同第五点について。

原審公判調書の記載によれば、所論書類は、単に犯罪の情状に関するものとして参考のため裁判所に一覧を求める趣旨で提出されたものに過ぎず、被告人側から証拠書類又は証拠物として提出されたものとは認められない。従って原審が公判で右書類の証拠調をしなかったからといって、原判決に、所論のような違法があるということはできない。

同第七点について。

所論大蔵事務官作成の顛末書によれば、被告人の居宅で、本件密造酒類等在中の器具機械等が差押えられた事実を証明することができるのであって、右書類は所論被告人の自白の補強証拠となり得ることは明らかであるから所論は理由がない。

同第八点について。

所論は、原判決の認定しない事実を前提として、原判決の違法を主張するものであるから、採用の限りでない。

同第九点について。

原審の量刑をもって、所論のように憲法の保障する「公平な裁判所の裁判」に反するものとすべきでないことは、当裁判所数次の判例の趣旨に徴して明らかである。

よって、刑訴施行法二条、旧刑訴四四六条に従い主文のとおり判決する。

この判決は、弁護人権逸の上告趣意に対する裁判官栗山茂、同斎藤悠輔、同小林俊三、同入江俊郎の補足意見並びに裁判官藤田八郎の少数意見の外全裁判官一致の意見によるものである。

弁護人権逸の上告趣意に対する裁判官斎藤悠輔、同小林俊三の補足意見は、次のとおりである。

憲法三五条並びに同条一項に引用されている同三三条の規定は、刑事手続に関する規定であって、行政処分手続に関する規定ではない。行政処分手続に関する規定は、同法一一条乃至一三条就中一三条後段に従い立法を以て合理的に(後記栗山説のごとく公共の福祉の名の下に勝手に規制するのでないことはいうまでもない。)規定するを以て足りるものである。そして、国税犯則取締法三条は、間接国税に関する行政処分手続に関する法律規定であって(詳細は後記入江説参照)、その内容に照し憲法一三条後段の尊重を欠き同条に違反するものとは認められない。されば、右取締法の規定が刑事手続に関する憲法三五条に反するとの所論並びにこれを前提とする訴訟法違反の主張は、採用することができない。

弁護人権逸の上告趣意に対する裁判官入江俊郎の意見は次のとおりである。

わたくしは、本件上告を棄却すべきことについては、多数説と結論を同じくする者であるが、多数説が弁護人権逸の上告趣意の論旨を排斥する理由として説示した憲法三五条一項の「第三十三条の場合」の解釈については賛成することができない。わたくしは、憲法三五条及び同条一項に引用されている同三三条の規定が専ら刑事手続に関する規定であること、国税犯則取締法三条が間接国税に関する行政処分の規定であること、従って右取締法の規定が刑事手続に関する憲法三五条に反するとの所論並びにこれを前提とする訴訟法違反の主張が採用すべからざるものであることについては、斎藤裁判官、小林裁判官の補足意見と略所見を同じくするが、わたくしは専らこの所見を理由としてのみ、右論旨を排斥すべきものと信ずるので、以下理由を明らかにして、この点に関するわたくしの意見を表示する。

(一)まず、憲法三五条が、三三条以下の諸規定と共に刑事手続に関する規定で、刑事手続以外の行政手続には直接適用のないことは、新憲法制定の沿革からも、同条の規定の憲法中の位置、前後の規定との関連からも推論することができる。尤も、刑事手続以外の行政手続も、公共の福祉の要請から屡々身体、居住、書類、所持品等に関する基本的人権の制限を伴わざるを得ないこともあり、そして或いは、刑事手続にのみ厳重な制限を置き、行政手続については、行政権の自由に委すが如き解釈は妥当でないとの論があるかもしれない。しかし憲法は、行政作用の特質、即ち行政が多岐に亘る種々なる公共的目的達成のために営まれるものであって、従って、行政作用の個々具体の内容及び手続は、それぞれの行政目的達成上最も適切なものであることが望ましいものである点に着眼し、行政手続に伴い必要とせられる身体、住居、書類、所持品等に関する基本的人権の制限については、直接憲法三三条、三五条等の規定を適用せず、それらに関する適当な規定は、これを憲法一二条、一三条、三一条の枠内における立法の作用に委したと解することが相当である。勿論そのような立法も、上記憲法一二条、一三条、三一条の規定には従うべきものであって、その場合必要とせられる基本的人権の制限が、公共の福祉上必要已むを得ない限度のものたるべきは当然であるが、その枠内である限り、立法政策に委されたと解したいのである。

(二)次に、国税犯則取締法三条の手続は、同法二条の規定によって行う間接国税犯則事件の調査に伴う特別の手続であるが、同法による収税官吏の間接国税犯則事件の調査は、間接国税の徴収を確保するために必要とせられる財務行政上の手続であって、刑事手続でなく、右犯則処分の調査に伴う同法三条の手続も、亦財務行政上の手続であって刑事手続ではない。同法による刑事手続は、間接国税の犯則事件については、同法一七条による告発がなされて、はじめて開始すると解すべきである。或いは、間接国税に関する通告処分を、実質上刑事手続であると解し、これを前提として、その先行手続である間接国税犯則事件の調査と、それに伴う同法三条の手続もまた刑事手続であると論ずる者があるかもしれないが、通告処分は、同法一四条に規定するとおり罰金又は科料に相当する金額、没収品に相当する物品、徴収金に相当する金額、及び書類送達並に差押物件の運搬、保管に要した費用を指定の場所に納付すべき旨を通告するのであって、この処分も、徴税の徹底を期するが為、間接国税の犯則者に対し、財産上の負担を課する財務行政上の処分に外ならないのみならず、この財産上の負担は、相手方の意に反してこれを課するという性質のものでない点において、またこれを課せられた場合にも所謂前科となるものでない点において、罰金とは本質的に異なるものであることを注意せねばならない。更に、通告処分は、これを処罰又は制裁として考えるよりは、寧ろ所謂「私和」即ち、間接国税は逋脱が行われやすく、国家としては犯則者に処罰をもって臨むよりも、その課税権さえ確保出来れば、その犯則の情状と犯則者の反省とを勘案して、国家と犯則者とが一種の和解をし、これを赦免することとするほうが妥当であるとして考案された財務行政上の特殊な制度と考えるべきで、この制度の母法である独乙法においてもこれをVERGLEICHとして観念されたことも注意されてよいことである。このことは、国税犯則取締法の前身たる間接国税犯則者処分法立法の経過に徴するも、同法が明治二三年九月制定せられ同二四年一月一日から施行された当初は、通告処分は処罰としての色彩つよく、多分に刑事手続に準ずるものと考えられていたようであるが、同法が明治三三年法律六七号で全文改正された際には、議会の審議に当っても、通告処分は裁判的のものではなく私和を本質とするものであり、これに副うて規定が改められた旨が述べられていることからも窺えるであろう。また、同法一八条は右手続において差押えられ又は領置せられた物件は、犯則事件の告発がなされた場合にはこれを検察官に引継ぐこととせられ、引継があったときは、当該物件は検察官が刑事訴訟法の規定により押収した物とせられる旨を規定するけれども、特にかような規定の設けられたことは、半面において、右告発前の手続が行政手続であって刑事手続でないことの証左とも考えられるし、また同条の規定があったからといってこれによりそれらの物件が其の後の刑事手続において当然に証拠能力を有することになる趣旨ではなく、刑事手続における証拠能力の有無は、それらの物件が差押えられ又は領置せられた際の手続が、憲法三五条の要求するところと、実質において異らないものであったか否かによって判断せらるべきものと解するを相当とし、従って、この規定があるからといって、逆にその手続に常に必ず憲法三五条の適用があると解さねばならぬことにはならないと思う。

以上述べたところにより国税犯則取締法三条には、憲法三五条の適用なく、従って、憲法三五条違反の問題は生ずる余地がないのである。

次に、国税犯則取締法三条の合憲性は、憲法一二条、一三条、三一条との関係において問題となり得るので考えてみるに、その規定の内容から見て、特にこれを違憲と認むべき点は存しない。蓋し、上述したように間接国税に関する通告処分は、その本質は、財務行政上の手続であって、刑事手続ではないけれども、それが罰金又は科料に相当する金額、没収品に相当する物品等の納付を通告する点において一般の他の行政手続と異り刑事手続に近似するものといえるし、又それに先行する犯則処分の調査においても、強制的に臨検、捜索、差押の許されている点において基本的人権に対する重大な制限を含むものであるから、この手続は立法政策上においては、可及的に刑事手続に準じた厳重な規定が設けられるべきであることは勿論である。しかし、右取締法三条一項は、間接国税に関し、現に犯則を行い又は現に犯則を行い終った際に発覚した事件につき、その証憑を集取するため必要であり且つ急速を要する場合について、その犯則の現場における特例を規定したものであり、同条二項は、間接国税に関し現に犯則に供した物件若しくは犯則により得た物件を所持し又は顕著な犯則の痕跡があって、犯則ありと思料せらるる者のある場合において、その証憑を集取する為必要であり、且つ急速を要する場合についての特例を法律によって規定しているのであって、このような要急の場合である限り、裁判官の許可なしに臨検、捜索、差押をなし得るとすることは、財務行政上の必要に応ずる已むを得ない手段と認められると共に、基本的人権の保障の面からいっても、刑事手続に準じた厳重な規定が設けられているのであるから、特に不当というべき点なく、憲法一二条、一三条、三一条の要請に違反するものとは認められないのである。

所論大蔵事務官中北信男外一名作成の顛末書は、適法に作成されたものであるから、これを証拠としたことは何ら違法ではない。それ故、所論は採用できない。

(三)なお、多数説は、憲法三五条一項の「第三十三条の場合を除いては」の規定を解釈して、三三条による不逮捕の保障の存しない場合においては、三五条の捜索、押収等を受けることのない権利もまた保障されないことを明らかにしたものであって、現行犯についていえば、三五条の保障から除外される三三条の場合というのは、現行犯が存在する場合たることをもって足り、これを逮捕する場合たることを必要としないと解し、これを前提として国税犯則取締法三条と憲法三五条との関係を説明するが、わたくしは、憲法三五条のかかる解釈には反対であり、憲法三五条で「第三十三条の場合」というのは、現行犯についてはこれを逮捕する場合、非現行犯についてはこれにつき三三条所定の逮捕令状が発給されこれを執行して逮捕する場合をいうものと解するのである。思うに、憲法三五条は、刑事手続における住居、書類及び所持品の不可侵を規定し、若しこれらに対し、侵入、捜索、押収をする場合には、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状を必要とし、そして、捜索又は押収は、権限を有する司法官憲の発する各別の令状によりこれを行うこととして、その手続を極めて厳重且つ慎重ならしめ、また、捜索、押収の場所、物を特定することに意を用いているのであるが、唯その例外として、三三条の保障の下において合憲的に逮捕せられる場合だけは、三五条所定の令状なくして住居、書類及び所持品の侵入、捜索、押収を受けることあるを認めたと解するを相当とする。蓋し、三三条は人身逮捕に関する場合であって、既に最も重大且つ基本的な人身の自由を拘束する逮捕が合憲的に行われる以上、その逮捕に伴い、これに関連して必要な範囲内において、住居、書類、所持品の侵入、捜索、押収については、特にそのための令状を必要としない旨を定めたものであり、また、三三条の保障の下において、合憲的に逮捕せられる場合であるならば、右逮捕に関連して必要な捜索、押収を、三五条所定の令状なくして行っても、捜索、押収の場所、物は特定されうるのであって、かように解してこそ、はじめて、三三条、三五条とを対比してこれらの規定の内容である基本的人権保障の憲法の趣旨が徹底するのである。多数説のいうごとく、三三条の場合というのを逮捕する場合たることを必要としないと解することは、折角三五条で定めた基本的人権の保障を不徹底ならしめるものといわなければならない。

弁護人権逸の上告趣意に対する裁判官栗山茂の補足意見は次の通りである。

多数意見はその意味が把握しがたい嫌があるのと、国税犯則取締法三条には憲法三五条の適用がないとする少数意見があるので、本件に関するわたくしの所見を明にしておきたい。

(1) わたくしは憲法三五条にいう「第三十三条の場合」には、現行犯として逮捕される場合と、令状によって逮捕される場合とを含むばかりでなく、緊急逮捕の場合もまた内在していると解するのが相当だと考える。それ故憲法三五条にいう「第三十三条の場合」とは逮捕に随伴して、その現場における犯罪の証拠の集取が許される場合をいうのである。しかし実質上逮捕できる場合であれば、現実に逮捕を伴わなくても、犯人の現在するその場所に於て犯罪の証拠の集取ができるものと解しても犯人にとっては逮捕に伴って証拠が集取される場合に比し不利益ではないから合理性を欠くことはないと思う。以上の理由で国税犯則取締法(以下単に取締法という)三条が間接国税に関し現に犯則を行い又は行い終りたる際に発覚した事件について、その犯則者の現在するその現場において、裁判官の許可がなくても、収税官吏が臨検捜索又は差押をすることができると規定したのは憲法三五条に違反しないものと考えるので、多数意見と結論を同うするものである。

(2) 入江裁判官の意見は、憲法は行政作用の特質に着眼し、行政手続に伴い必要とせられる身体、住居、書類、所持品等に関する基本的人権の制限については、直接憲法三三条、三五条の規定を適用せず、それに関する適当な規定は、これを憲法一二条、一三条、三一条の枠内における立法の作用に委せられたと解することが相当であると説明されている。しかし日本国憲法が基本的人権を侵すことのできない永久の権利と宣明して保障している所以は、その保障が行政作用の特質だからといって安易に立法その他の作用で取り上げられないことを意味するのである。(憲法一一条、九八条)わたくしは、身体、住居、書類、所持品に関する最も尊重さるべき国民の基本的な自由と権利とが、行政目的のためだとして、立法の作用によって適当に規定されることができるというような考え方は、明治憲法の下ではとにかく、日本国憲法が保障している基本的人権の根本観念に反するものであることを指摘したい。論者の引用する憲法一三条は公共の福祉のため基本的自由と権利との制約を是認しているけれども、それはあくまでも基本的人権の保障即ちその適用を前提としているのであって、公共の福祉の名の下にその保障を取り上げ又は排除し若しくはその適用がないとして勝手に行政目的のために立法その他の作用で自由と権利とを規制することを是認しているものではない。また論者は財務行政上の必要を以て、公共の福祉というけれども、徴税上の必要というような単なる行政目的を以て公共の福祉とするような、絶対主義的見解は、日本国憲法一二条、一三条にいう公共の福祉の理念にそわないものである。更に論者は取締法三条には憲法三五条の適用がないとしながら、憲法三一条に反しないという。しかし憲法三一条にいう法律の定める手続というのは、同条以下の各本条が規定する保障の上に立つ手続をいうのであるから、憲法三五条の適用がないとしながら、同時に同三一条の枠内のものとすること自体が矛盾した見解たるを免れない。

租税犯の処罰は、近来いわゆる定額刑が廃止されて自由刑が採用されるに至ったように、その本質に変遷があったことは周知のとおりである。すなわち、往時は租税犯は国庫に対する損失の填補という見地から、追及され処理されていたのであったが、昭和二二年税法罰則の改正を転機として、租税犯でも一般刑事犯と異る特色をもたなくなったのである。次に取締法二条、三条が犯則といって犯罪といわず、又刑訴法とはちがった用語に従っていても、犯則者にとっては、訴追されれば犯則の事実は租税犯の事実に外ならないし、又その証拠は租税犯の証拠となるものである(取締法一八条参照)。ことに取締法二条にいう裁判官の許可は許可といっても実質は憲法三五条の令状である。されば特定の罪を犯したと疑うに足る合理的理由がないのに、右許可状によって漫然徴税上の調査のために捜索又は差押を認めることができないことは憲法三五条の明定するところである。(そうでなければ取締法二条はいわゆる一般令状的性質の許可を認めたことになって憲法三五条違反となるであろうし、又さような許可状は違憲というべきであろう。)それ故論者は行政手続と呼んでいるけれども、取締法二条と等しく同三条も実質上は刑事手続に外ならないのであって、憲法三五条の適用あること明である。

以上述べたところは、斎藤、小林両裁判官の意見中入江裁判官の意見と共通する部分に対しても、あてはまるものと思う。

弁護人権逸の上告趣意に対する裁判官藤田八郎の少数意見は次のとおりである。

(一)憲法三五条が三三条以下の諸規定と共に、刑事手続に関する規定であって、刑事手続以外の行政手続に直接適用のあるものでないことは、入江裁判官所説(一)のとおりである。

(二)しかしながら国税犯則取締法三条の手続は、入江裁判官所説(二)のごとく単なる財務行政上の手続であって、全然刑事手続たる性質を持たないものであろうか。

国税犯則取締法は、間接国税犯則者処分法(明治三三年法律第六七号)の後身で、もと、旧憲法下の遺物であって、当時、同処分法は、違警罪即決例と同じく、行政処分をもって、ある限度において、実質上、司法処分に属する科刑処分をすることを認めたものとせられたのである。国税犯則取締法のみとめる通告処分も、それが国税徴収を確保するための財務行政上の目的をもつものであることは争いのないところであるけれども、これを純粋な財務行政上の手続とみるべきではなく、税務官庁が税法犯則行為に関して行うところの一種の科刑手続-それが強制力をもたない点において、本来の司法処分とは本質において、異るけれども-たる性格を有するものと解すべきである。同法一四条は、通告処分について、「国税局長又ハ税務署長ハ……犯則ノ心証ヲ得タルトキハ其ノ理由ヲ明示シ罰金若ハ科料ニ相当スル金額、没収品ニ該当スル物品……ヲ納付スヘキ旨ヲ通告スベシ」と規定する。税法等所定の罰則の適用を外にして、罰金科料に相当する金額を徴収し、没収物を納付せしめる権利のないことは勿論であって、これをもって単なる課税権の行使とみることは無理である。同法において、通告処分に、公訴の時効中断の効力が付与せられ(一五条)、「犯則者通告ノ旨ヲ履行シタルトキハ同一事件ニ付訴ヲ受クルコトナシ」(一六条)として、通告処分に、判決類似の既判効がみとめられているのは、右の手続が刑事手続たる性格を具有することの一証左である。従って、また、同法二条三条所定の調査手続も、税務官吏がその権能にもとずき犯則事件の有無を決すべき証憑を集取することを旨とするものであって、その本質において、通常刑事手続における検察官、司法警察官の犯罪捜査の処分と異るところはないのである。さればこそ、同法はこの手続によって集取された証憑は、「犯則事件ヲ告発シタル場合」において、刑事事件における証拠物件として移行することを認めているのである(一八条)。かりに同二条三条の調査手続をもって、純然たる刑事手続とまではいえないとしても、多分に刑事手続たる性格を有する処分であることは疑のないところである。

自分は、憲法三五条は、刑事手続に関する規定であって、直接、行政手続に適用のあるものでないとすることは、冒頭所説のとおりであるけれども、以上述べたごとく、多分に刑事手続たる性格を具有する本法二条三条所定の調査手続のごときに対してはその適用ありと解すべきこと憲法三五条規定の趣旨からみて当然であると信ずる。

(三)憲法三五条一項の「三十三条の場合を除いては」の解釈については入江裁判官の所説に賛同する。すなわち「三十三条の場合」とは三三条の規定する犯人逮捕の場合-令状による逮捕の場合および現行犯として令状なくして逮捕する場合の両方の場合-を指すのであって、たとえ現行犯に関する場合であっても、犯人逮捕に関連なくして、令状によらず、住居、書類、所持品の侵入、捜索、押収をすることは許されない。犯人逮捕に接着する極めて例外の場合にのみ、令状なくしてこれらの強制処分が許されるという趣旨である。新刑訴が二二〇条において検察官、検察事務官又は司法警察職員は現行犯の場合たると否とを問わず被疑者逮捕の場合において、その逮捕の現場においてのみ、裁判所の令状なくして、差押、捜索又は検証をすることができると規定している所以である。これは旧刑訴においては、検事又は司法警察官は「現行犯ある場合において、急速を要するときは」逮捕の現場であると否とを問わずその事件につき押収、捜索、検証の権ありとせられていたのを(一七一条、一八一条)新憲法三五条三三条の趣旨に従って、右のごとく改正されたものであって、多数説のごとく逮捕の場合たると否とを問わず、令状なくして、これらの処分ができるとするごときは、事を旧憲法下に復元せんとするものであって、人権尊重の大本に立脚する新憲法の趣旨を没却するものである。

(四)以上のごとく、国税犯則取締法三条の手続は、刑事処分たる性質を有するものであり、これについて憲法三五条の適用ありと解するにおいては、たとえその犯則が現行犯の場合であっても、犯人の逮捕と関係なく、裁判所の令状なくして、収税官吏に、臨検、捜索、差押の処分をする権能を与えた同法三条の規定は、憲法三五条に違反する無効の規定であると断ぜざるを得ない。(この法律は前述のごとく、旧憲法下の遺物であって、新憲法の実施に伴い、憲法三五条の趣意に則り速かに改正せらるべきものである。)

これを本件について言えば、かかる違法の手続によって作成された大蔵事務官中北信男外一名作成の顛末書を証拠として、被告人に有罪を宣告した原判決は違法であって、此点において、論旨は理由ありと思料する。

裁判官霜山精一は退官につき合議に関与しない。

(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 井上登 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介 裁判官 谷村唯一郎 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎 裁判官 入江俊郎)

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